2009年04月29日

最後のメータオ

今、バンコクの国際空港にいます。出国まであと2時間。スターバックスのワイヤレスネットワークカフェで最後のブログを書いています。

昨日は怒涛の一日でした。感染予防及び学校保健のローカルスタッフに最後の申し送りをしたり、手洗いのポスターを配ったりと最後まで仕事をしていました。そして家の掃除と荷物のパッキング。夜行バスに間に合わないかもと思いながら一日を過ごしていましたがどうにか間に合いました。この写真は手洗いポスターをもつ私と感染予防のスタッフ。
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午後クリニックから去る前に最後のお別れをみんなに言いました。中には昨日知ったスタッフもいてびっくりしていたようでした。内科病棟のリーダーには「あいこ、何で早く教えてくれなかったの!送別会ができないよ〜!」と嘆かれました。私自身も最後のメータオの日には送別会をしてお別れをみんなにきちんと言いたかったんだけど・・・。

今日は最後だったのでスタッフからかかってくる携帯電話が鳴りっぱなし。最後にお別れを言ったはずの感染予防のスタッフから「あいこ、10分でもいいから滅菌材料室に来て」と言われ、行ってみると感染予防の全員のスタッフが私を待ってくれていました。そしてお菓子とジュースを用意してくれてささやかな送別会を開いてくれました。最後にみんなからカレン族の民族衣装着をお別れのプレゼントとしていただきました。急なことだったのにみんな私のこと気にかけてくれていたんだ・・・と思うと目が潤んできました。
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「今度はいつメータオに帰ってくるの?半年後?一ヵ月後?みんな、あいこがいなくなってとても寂しいよー!」と多くのスタッフに言われました。何度も帰国を繰り返しているので今回の帰国もすぐメータオに帰ってくるのだとみんなが思っているのかもしれません。
唇をかみしめながら「来月かな?1年後かな?わからないけど必ず戻ってくるよ!」と笑顔で答えたつもりです。

最後アパートを片付け空っぽの部屋をみると涙がぽろぽろと出てきました。本当に私帰国するんだ・・・って。クリニックで一緒に働く仲良しのアメリカ人の医師である友達やタイ人のスタッフに、車をだしてもらい最後バス停まで見送ってもらいました。

ぼろぼろになって泣いている私をみて友達が「きっとあいこにとって、メータオ・クリニックは自分の家のように感じているから、別れるのが悲しいんだね」と。

私にとってメータオ・クリニックはかけがえのない存在です。

毎日優しさと笑顔に包まれていた2年間。

メータオ・クリニックに出会い私は忘れてかけていた心の豊かさを思いだすことができました。こんなに自分が毎日顔をあげて笑顔でいたのはまるで子どもの頃のようです。

「せやまー!ためさびびら?(ビルマ語:先生、ご飯を食べた?)」

みんなの元気な声をまた聞きたいです。あの笑顔を見たいです。

こんなことを書いていたら寝不足なのかまた涙がでてきました。

メータオ・クリニックにご支援していただいた皆様、私を応援してくれた皆様、本当に本当にどうもありがとうございました。皆様からのご支援、ご声援のおかげで私は2年間無事に活動を終えることができました。心から感謝の気持ちを述べたいと思います。

そして今後メータオ・クリニック支援の会より医師を派遣する予定です。またホームページでお伝えしたいと思います。

私自身は6月から熱帯医学を大学で勉強し、近い将来大学院で公衆衛生を勉強することを目標にしています。同じ空の下で何マイルも離れているメータオ・クリニックのことを思いながら次の目標に向かっていきたいと思います。

今日できょうのメータオは最後です。
応援、本当にどうもありがとうございました。

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Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 09:50| 日記

2009年04月28日

本当に送別会

豚インフルエンザの脅威はただでさえ私を驚かせましたが、次は私が帰国しなければいけない状況へと変わりました。

当会の代表や会のコアメンバーと話し合いをした結果、WHOの感染症流行レベルがレベル4になる前に帰国すべきであると指示を受けました。レベル4になると世界中がパニックになる可能性があり、感染症の封じ込めが世界的に起これば在外邦人としての私は日本へ帰国できなくなるかもしれないとアドバイスを受けました。

また私の両親もこの状況下で私が国外にいることを心配しています。

本当に決断を下すのにとてもつらかったのですが29日の朝に緊急帰国することになりました。

私の任期がもうほとんど終わりで帰国が早まったということにすればよいのかとも思うのですが正直とてもつらいです。まだ信じられません。

こんな終わりでメータオを終わらせてしまうことになるなんて・・・

今日シンシア先生や私の活動を支えてくれたローカルスタッフ、インターナショナルボランティア達にお別れを言いました。明日の朝またクリニックに最後に行きますが・・・

今日の夜はインターナショナルボランティアたちとご飯を食べ私の送別会となりました。
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送別会はしましたが、もし帰国後今のインフルエンザの状況が改善されるのであれば私の後任の医師への引継ぎもあるのでメータオに訪れたいです。今は後任もすぐに派遣することは難しく、いつ派遣になるかもわかりません。彼女がメータオで働けるようになったとき、また私がもし再度タイへ引継ぎでも来れる状況であれば来タイしたいです。

メータオ・クリニック支援の会をご支援されている皆様へ多大なるご心配をおかけすることになり大変申し訳ありません。

当会での現地スタッフの状況について当会のHPを通じご報告させていただきたいと思います。

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 02:51| 日記

豚インフルエンザ in Mae Tao Clinic

数日間ブログをお休みしました。すみません。いろんなことが起こり忙しくとてもブログを書けるような状態ではありませんでした・・・。

一番の理由は豚インフルエンザ。

鳥じゃなくて豚なのか??!とびっくりしましたが多くの死者をだし、人類が恐れていたインフルエンザのヒトからヒトへの感染がはじまっています。それがメキシコだけではなく他の欧米諸国やニュージーランド等のオセアニア地域でも。WHOは今はまだ感染症の流行のレベルをフェーズレベル3(動物からヒト感染はあるものの、ヒトヒト感染はまれ)とし様子をみていますが、何度も緊急会議を重ね、アメリカも非常事態宣言等を発令したことからレベル4(ヒトヒト感染が流行)へ引き上げる可能性があります。

この豚インフルエンザの影響を受け、クリニックでは院長シンシア医師の呼びかけにより、今日緊急でこの感染症(結核を含む)対策会議が開かれました。

現在のところはタイやビルマで豚インフル患者は確認されていませんが、危険性は大いにあります。豚インフルエンザの症状は呼吸器症状なので今クリニックで大きな問題となっている結核対策とあわせ議論がかわされました。

クリニックではやはり呼吸器感染症を対象とした専門外来を作ることと、結核疑いの患者のために他の入院患者から隔離する部屋を設けることが早急に検討されなければいけません。この度アメリカのNGOであるIRCが専門外来については緊急に設営支援されると返事をいただきました。

またメータオ・クリニック支援の会のご寄附からいただいた、クリニックスタッフへの結核対応のマスク(N95)や患者用マスクの配布について話し合いました。呼吸器感染症を診察するスタッフはN95マスクを使用すること、呼吸器感染症疑いの患者にはマスクを配布することが決定されました。

この豚インフルエンザや、結核対策を機に、メータオ・クリニックがさらに感染症対策について積極的に取り組んでいけたらと思います。

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 02:30| 日記

2009年04月24日

Hope school

今日Hopeschoolという学校に行ってきました。この学校はメータオ・クリニックがあるメソットから1時間ほど車で走ったPhot Praの町にあります。メータオ・クリニックの学校保健チームが支援している学校の中で一番遠いです。そして一番新しい。

この学校は3人のヤンゴン出身の先生によって去年設立されました。去年の生徒数は70名。6月から始まる新学期では150名にまで生徒数が増える予定です。

学校で勉強する子ども達の多くが貧しい村の出身で農家です。
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子ども達の中には10歳になっても一度も勉強をしたことがないという子どももいました。この学校は田んぼや畑に囲まれており、周辺にはビルマ人移民学校はありません。そのような背景があり、教育のニーズが高くお坊さんや、ヤンゴンから来た先生等によって設立されました。

JAMが今回会員の皆様、寄附された皆様の支援金をいただき支援させていただくのはこの学校の校舎建て替えと、生徒が勉強するための机の寄附をする予定です。

学校の校舎は去年簡易的に作られた竹作りの校舎です。校舎といっても小屋のよう・・・。
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壁はなく、ビニールシートで壁として建物を覆っています。床も竹で無数の穴が・・・私はその穴にはまり落ちかけました。無数の穴の上で勉強している子どもがとても心配になりました。そして机がないのでその床で勉強しなければいけない子どもたち。もちろんこの学校に電気なんてものは存在しません。
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今日はこの学校の先生方とJAMの支援について話し合い、校舎建て替えの材料を購入しに行きました。

学校の改修が完成するのは来月の第2週目あたり。この学校の完成を見届けて日本へ帰国することになりそうです。

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 02:02| 日記

2009年04月22日

アジアの人身売買

この前チェンマイに行ったときに買った本を読み終えました。『the road of lost innocence』というSomaly Mamさんが書いた本です。(日本語翻訳版『幼い娼婦だった私へ』)

今年読んだ本の中で最も深く印象に残りました。この本を読んで私の視野が広がったことは間違いないです。
もしかしたら彼女のことを知っている方いるかもしれません。

話の内容は実話です。彼女はカンボジアで孤児として両親に捨てられました。彼女をしばらく彼女の祖母が引き取っていたようですがその祖母にも捨てられ、“祖父”と名乗る見知らぬ男性に育てられました。そこから彼女の人生は大きく転落していきます。

“祖父”から身体的に暴力を受け、彼女の処女はその祖父に売られ12歳の時にレイプ、15歳強制的に見知らぬ男性との結婚、その後売春宿に売り飛ばされ学校に行くこともできないまま娼婦として働かされます。売春宿では毎日のように暴力、レイプにあい彼女の人生は絶望的にみえました。

その後ポルポト政権が崩壊しUNや国際NGOがカンボジアに入り、彼女の人生に転機が訪れ、彼女はその売春宿から逃げ出すことに成功しました。そこから彼女はかつてのトラウマを抱えながら、売春宿で働く子どもや女性達を助けていくという話です。

彼女はAFESIPというNGOを立ち上げ、助け出した少女達にトラウマのケア、社会復帰のために教育、職業訓練所を提供しNGOを運営しています。彼女が今まで助けた子ども、女性は4千人以上。今そのNGOはUNICEFや国際NGOの支援を受けながら運営されています。

さらにそのNGOはカンボジアを拠点とし、ラオス、ベトナム、タイに展開しています。東南アジアは人身売買の大きな産出国です。カンボジア、ラオの子どもが連れ去られ、東南アジアの中心にもあるタイに売り飛ばされる。そんな事例は数多くあります。

彼女はビルマの少女たちを救うべくビルマ国内にもそのNGOを展開したいのですがビルマ政府による同意をまだ得られておらず実現はしていません。彼女のNGOでは近年多くのビルマから連れ去られた被害者がいるそうです。

幼い子ども、処女を奪えばエイズがなくなると思いレイプするという被害があとをたたないようです。本当に恐ろしいことです。そのレイプされた子どもが幼いながらにエイズになる危険性が非常に高まります。この本を読みながらレイプをされた少女を昔外科病棟で手あてしたことを思い出しました。

こんな悲惨なことに苦しむ幼い子どもたちがこのアジアだけでも何万人といると思うと憤りと悲しみで心が痛みます。

もし皆さんも機会がありましたら彼女の本をぜひ読んでください。

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 22:11| 日記

2009年04月20日

ルビー?

今日は残りあと1ヶ月のタイ滞在のために国境沿いにあるイミグレーションオフィスで滞在期間の延長をしてきました。自分の残りの活動期間がカウントダウンに入ろうとしています。

国境沿いにあるマーケットではたくさんの天然石が売れられています。メソットは天然石?宝石?ルビー等で有名です。ビルマは宝石の産出国としてとても有名です。これらの宝石はビルマ側で産出したものとして売られているのではと思います。

市内中心のお店にもたくさんのジュエリーショップが並んでいます。宝石はどうやら本物らしくインドや日本などから多くの人が買いに来ています。

私も帰る前に石のひとつでも買っておかないとと思い、国境沿いマーケットで買いました。石が本物であるかよくわからないけど・・・(汗)とても安いです。私が買ったのは小さな石は250B(日本円で約750円)でした。紫がかったピンクでルビーのようです(?)ほんとかな・・・?
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今日から感染予防のほかの調査(標準感染予防策についてのモニタリング)が始まりました。今日は内科病棟。新しい手洗い場やカウンターはすっかりと病棟スタッフになじんでいました。手洗い場はうまく活用されているように思いました。よく手洗いしていた。おそらく私が観察していたせいかもですが(苦笑)
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水掛祭りのあと、度々大雨が続きだんだんと涼しくなってきました。雨季に移行していくのかと思います。マラリアの患者さんがここ一週間でもとても増えたようです。

今週は結核予防についての会議や感染予防調査、ある学校の訪問等があります。あと一ヶ月で終わらせねばいけないことが山積みです。猪突猛進でがんばらねばー!

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 22:36| 日記

2009年04月17日

空をみて思うこと

ソンクラーンはまだまだ続いています。今日はどでかいタイ人によるカラオケの音で目が覚めました。朝の7時半からカラオケです。夜は彼らも疲れてか静かです。

夕方、メソットにあるダムから夕日をみに友達とでかけました。雲に太陽が隠れてしまい少し夕日がみえずらかったのですがとてもきれいでした。私の家からもみえますが西側はビルマです。
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夕日や空をみていつも思うこと。来年の私はどこでどんな気持ちで空を見上げるのだろうと。3年前にラオスのメコン川でスタディツアーに行った友達たちと一緒に夕日をみながら、国際保健の道へ進もうと固く決心したことを覚えています。でも正直タイのこのメータオで2年間活動するとは夢にも思っていませんでした。

今日の夕日はここでの残りわずかな活動の終わりをしめしているようで少しせつなくなりました。

日本に帰国したら社会に再適応できるかいらぬ心配もしてしまいます。Tシャツと短パンで町を歩いてしまいそうです。
そんな帰国後の心配するよりもしっかりメータオを悔いなく締めくくらないとですねっ。

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 00:26| 日記

2009年04月14日

ソンクラーン・水掛祭り始まる

ブログをしばらく休んでしまいました。実は私バンコクに行っていたのです。今日の朝メソットに帰ってきました。バンコクではタイに住む日本人の友達にお別れを言ってきました。そしてメータオクリニックのタイ人のスタッフよりバンコクの彼女の実家にずっと遊びにおいでと言われていたので遊びに行きました。バンコクと言ってもバンコクに近接する隣の県です。

皆さんテレビでご存知の通りあのデモ隊。友人の家でテレビをみましたがまるでタイじゃないみたいでした。バンコクについた当日はパタヤのASEANサミットが中止になったばかりでバンコク市内でのデモはあまり盛んではなかったのですが、日がたつにつれてデモが勢いを増していったようです。実は日曜日バンコク市内を友達と歩いていたら赤い服をきたデモ隊が走っていく姿をみてしまいました・・・。

そんなデモの影でバンコクの隣の県では水掛祭りで人々は水浸しになり、顔に白い粉をかけられていました。なんだかこちらでは平和に水掛しているんだなと思わずにいられませんでした。今年のタイ正月は複雑です。

早くバンコクが平常に戻ってくれることを祈ります。

メソットでは平常営業で今日も朝からソンクラーンで水をかけまくる子ども達と、大人たちのカラオケが繰り広げれています。まだまだ今週いっぱいこの祭りは続きます。メータオも今週いっぱいお休みです。

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 16:16| 日記

2009年04月10日

厳戒態勢に入る

今メソットにいる私は厳戒態勢に入ってきています。道を自転車で走るのも周りを注意深くみないといけません。なぜかという水掛祭りの日が近くなり子ども達が水であそびはじめているからです。私のパソコンは去年の教訓をいかしビニール袋でしっかり守られています。

でも昨日早速水を子どもにかけられたときは
「こらーっっ!!まだ祭りはじまってへんわー!!(怒)」
と思わず関西弁で叫んでしまいました(汗)
ソンクラーン中は怒っちゃだめですけどね・・・

さて今日は感染予防の月例会議がありました。先月行った手指衛生の調査の報告をしました。実はまだ献血室の調査は終わっていないのですが献血室を除いた感染予防チームメンバーを呼び会議が開かれました。

全体の手洗い遵守率は前回から1%しかあがりませんでした。大変です。感染予防チーム・・・。大きな改善がみられなかった理由は新しいスタッフが前回よりもたくさん増えたことがことが多いにあると思いますがそれでも少しこの結果にはがっかり・・・。

今日は喝をいれてもらうべくシンシア先生にも会議に参加してもらいまいした。シンシア先生の言葉にうなずくみんな。

シンシア先生がいるときだけうなずくんじゃなくて、みんながんばってよー!手洗い!

Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 22:01| 日記

2009年04月07日

日本のカレー

今日は学校保健のスタッフの家の台所をかりて、日本のカレーを作ってみました。

日本食を食べたいと言っていた彼らに一度は日本食をご馳走せねばと思っていました。手巻きすしにしようかと思ったのですがお酢やのりが嫌いな人がいるようなのでビルマの人々が日常生活でよく食べるカレーにしてみました(前に台湾人の友達には手巻きずしをつくり(好評でした)、欧米人の友達にはお好み焼き、タイ人の友達には煮物等を作ってあげたりと結構日本食を振舞っているつもりです)

カレーのルーは日本から友達が購入し持ってきてくれたもの。そのカレーのルーのパッケージをみて「チョコレートカレーだ!」とみんながはしゃいでいました。

野菜を切るのや炒めるのは学校保健のスタッフやスタッフの家族に手伝ってもらいながら作りました。だって20人もの分のカレーを作らねばいけなかったので時間がかかりました。

七輪でカレーを煮込むのはうまれてはじめてでした。おもしろかった。
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そしてみんなでカレーを食べました。おいしい!という声が聞こえ一安心。タイでビルマの人々とともに日本のカレーを食べるのもなかなか合うものです。
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Aiko
ニックネーム 現地事務局 at 01:57| 日記